道具が便利になるほど、人の技能は不要になると考えられがちだ。たとえば地図アプリの普及で、初めての土地でも迷わず目的地に着けるようになった。しかし、その便利さと引き換えに、私たちは頭の中に地図を描く力を使う機会を失いつつある。
かつて人は、駅からの道順を覚え、目印を探し、ときには道を間違えながら、土地の全体像を頭の中に組み立てていた。この試行錯誤こそが、空間を把握する技能を育てていたのである。画面の案内どおりに歩くだけでは、目的地にたどり着けても、土地の構造は頭に残らない。
もちろん、道具の進歩そのものを否定したいのではない。問題は、道具に任せる部分と自分で担う部分とを、意識して選び分けることをしなくなる点にある。便利さは選択の結果であるべきで、惰性の結果であってはならない。道具を使いこなすとは、道具に任せる範囲を自分で決められることだと言えるだろう。